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『絵の家 2017』活動報告

あっという間に年末です。

今年の活動を振り返る間もなく過ごしてきましたが、

ようやく年内の授業も終了したので、

来年に向けて総括してフィードバックしていきたいです。

 

奈良教育大学絵画研究室の活動の目玉となっている

『絵の家』プロジェクト。

 

2017年10月27日〜11月5日に開催された

「奈良・町家の芸術祭 はならぁと2017」を舞台として、

展覧会と関連イベントを実施しました。

 

 

 

『絵の家』は奈良教育大学絵画研究室が中心となって企画する

絵画表現と美術教育に関するプロジェクトとして

2016年にスタートしました。

「絵を見る・描く・学ぶ複合的空間」を基本コンセプトとして、

学生やアーティストそしてワークショップ参加者などの作品展示と

会期中の日替わりワークショップなどを展開しています。

 

2017年のプロジェクトでは、

「物質と記憶のパースペクティヴ」をキーワードに、

私たちが生きる物質的世界と私たちの思いや記憶との出会い

によって形作られる個々のパースペクティヴ(視点)を

多角的に結合し、開催エリアとなった今井町を舞台として

持続的な未来へのパースペクティヴ(展望)を提示する

創造的な活動を目指しました。

 

基本コンセプトと展示テーマの詳細は下記URLより

ご覧いただけます。

https://www.facebook.com/weareENOIE/videos/305122126632323/

 

今年の展示では、参加アーティスト(3名)と学生(10名)の

個人制作の作品を中心に、会場となった奈良県橿原市今井町の

景観支援センターにて、それぞれの作品を会場の展示スペースや

今井町の地域性とどのように関係付けて提示するかを

メンバー全員で話し合いながら準備を進めました。

 

以下、それぞれの展示スペースと出品者を紹介します。

 

 

 

 

 

会場となった景観支援センターは、約160年前に建造された

伝統的な町家造りの2階建ての建物。

1階は坪庭へと続く通路(通り庭)と、

入り口から「みせの間、「中の間」、「奥の間」の

3部屋があります。

また2階へと続く階段を上ると、町家ならではの低い天井を持つ

「つし2階」があります。

 

それぞれの部屋に参加メンバーの作品を展示し、

大小の作品すべて合わせると100点以上になりました。

 

「みせの間」↑

入り口から入ってすぐの板の間。

「見せの間」、「店の間」とも表記され、古くは売り物を並べたり

お客様を最初に迎える場所として使用されていました。

『絵の家2017』では参加メンバーの小品を展示するとともに、

日替わりワークショップや団欒の場所として活用し、

ご来場の方々を迎える賑やかな場所にしました。

 

 

 

上段左から:木村(大学院1回生)、李(研究生)

そして右上の風景画は、

今井町ご在住で町並みを描き続けている中井良雄さんの作品。

展示準備中に現場を覗いていただき、

急遽作品をお借りしました。

地元で描き続ける画家と直接絵を並べる貴重な機会となりました。

 

中段左から:成田(3回生)、山下圭介さん(アーティスト)、

      成田(3回生)×4点

 

下段左から:中島(4回生)、長友(大学院1回生)、

      東(4回生)×2点、長友(大学院1回生)×2点

 

 

 

 

 

「中の間」

入り口から2番目に位置する部屋。

 

東(4回生)、成田(3回生)、李(研究生)が展示構成を担当。

 

奥の絵画作品:東(4回生)

グラフィティ・アートを参照しながら、

自身を取り巻く社会、家族、教育、奈良の地について

ユーモラスな言葉遊びと絵解きを含むイメージを描いています。

展示終了後は、L字型の面に加え、天井と床面を追加で制作し、

部屋の形をした卒業制作へと展開しています。

 

クマのオブジェ:成田(3回生)+附属小学校児童 共同制作

制作を通して、にじみを生かした水彩表現などの技法研究や、

手芸とアートの領域横断的研究を行っています。

小学生と大学生が共同で布に動物の絵を描き、成田(3回生)が

ミシンを使って巨大なクマのぬいぐるみに仕立てました。

 

手前の円形の小品連作:李(研究生)

現代の「可愛さ」やファッションをテーマに

デジタルイラストレーションを制作。

今年の『絵の家』のフライヤーデザインも手がけ、

自身の世界観を多様な形式で提示することを試みています。

 

3名のメンバーによって構成された「中の間」は

ポップでフォトジェニックな空間になり、来場者の方々も

写真撮影をして楽しんでくださいました。

 

 

 

 

 

「奥の間」

入り口から3番目の部屋。

長友(大学院1回生)と木村(大学院1回生)の2名が展示構成を担当。

 

床、床の間作品:長友(大学院1回生)

現職教員として大学院で研究を行っており、

作家活動も勢力的に展開しているメンバー。

チョークやパステルをすりつぶして自作の絵の具を作り描画する

独自の技法で、子供達の姿を描いています。

会場に来た子ども達と同じ目線で展示するため床置きに。

作品が展示されることによって、

かつて子ども達が暮らしていたであろう空間の記憶が

可視化されているようで、

実際に会場に来た子ども達がそこで戯れる様子は、

ちょっとぞくっとする光景でした。

 

 

 

床の間にも作品が。

近くに寄らないと白紙に見えるほど繊細なイメージは、

床の間の形式を浮き彫りにすると同時に

「中の間」の賑やかさとのコントラストで

ふと吸い込まれるような静謐さと

自身の感覚をプロジェクションする隙間が生まれていました。

 

 

 

 

天井から吊るされた作品:木村(大学院1回生)

透明シートにガラス絵の具を用いて明確な輪郭線と色面による

作品を制作。

一見抽象的な作品に見えますが、作者自身が明確にイメージできる

具体的な対象と物語が描かれています。

一筆描きで描かれた輪郭によって切り取られる塊は、

室内風景を借景として空中に浮遊しています。

ガラス絵の具が、照明や日光に照らされて

ステンドグラスのような独特な色彩を放っていました。

 

 

 

 

「通り庭」

奥の庭へと続く一直線の通路部分。

 

福崎翼(招待作家)と梁(大学院2回生)が展示構成を担当しました。

 

梁(大学院2回生):

奈良で取材した植物をモチーフとして細密なペン画を制作。

修了制作の一部となる小品を天井から吊るして展示し、

修了制作の大作を会場で公開制作しました。

会場入り口付近で制作しながら、来場者と交流し、植物とペン画の魅力を

存分に紹介していました。

 

梁さんと「奥の間」の木村さん、長友さんは

地元のケーブルテレビ番組にも出演し、自作や『絵の家』プロジェクト、

「はならぁと」について紹介してくれました。

オンラインで視聴可能ですのでぜひご覧ください。

KCN(近鉄ケーブルネットワーク)のテレビ番組「Kパラnext Tuesday」

(16:43〜24:27, 27:34〜30:01)

https://jimotv.jp/products/movie_detail.php?product_id=8009

 

 

 

 

福崎翼(招待作家):

昨年に引き続き参加してくれたアーティスト。

動物と装飾品をモチーフとした超絶技巧の鉛筆画を制作。

1点に数ヶ月かけて制作された鉛筆画からは、

動物への深い愛情と、その存在としての美しさを創造的に表現する

徹底した意志が感じられます。

 

会場では梁さんとともに公開制作を行い、洗練された技術によって

見る人を楽しませるとともに、絵を描き続ける際の具体的な方法論や

思想的背景について現場ならではの交流を行いました。

 

また、会期中の参加メンバーの昼食タイムには、去年から恒例の

福崎翼手作りおにぎりが毎日日替わりで用意され、

山形のお米を使ったおにぎりの驚愕的美味しさは、

毎日の会場での活動を活気付けてくれました。

 

 

 

 

 

「坪庭」

通り庭の先に広がる中庭。

 

山下圭介(招待作家)、中島(4回生)、狩野(画家、奈良教育大学教員)

の3名で展示構成を担当しました。

 

山下圭介(招待作家):

彫刻作品やインスタレーションを手がけるアーティストで、奈良教育大学で

彫刻の非常勤講師をご担当いただいています。

 

坪庭全体に、様々な彩色を施した板材とキノコの形をした木彫作品による

大掛かりなインスタレーションを制作いただきました。

展示開始2週間前から現場入りし、あらかじめ制作した木材ユニットを

庭の形状に合わせて現場で加工、設置していただきました。

 

10月は雨や台風などの悪天候が続く中で作業を行い、

もともとあった庭の空間に絵を描くようにカラフルな板材が配置され、

庭の存在感を増しながら創造的な飛躍もある異空間が出現しました。

 

 

 

 

 

 

 

中島(4回生):

廃材などの立体物を作品制作に取り入れ、

アッサンブラージュと描画を組み合わせた作品を制作。

 

廃材に繊細な描画を加えたオブジェや、

絵の具を何層にも塗り重ねた絵画作品は、

一義的なメッセージ性に還元されない詩情を兼ね備えており、

長い歴史を有する町家に配置されると、

異質なはずなのにとてもマッチしていました。

会期中、作品の前に蜘蛛の巣が張ったりして、

景観全体との緊密な連関が生まれていました。

 

 

 

 

狩野(画家、奈良教育大学教員):

奈良を始め、国内外の様々な場所で取材したモノをモチーフとして

制作した絵画を展示。

現実世界において、役に立たなくなったモノや

美的価値を持つものとして注視されることが少ないモノに注目し、

それらの物質もそれぞれの記憶とパースペクティヴを有して

現実世界を作り上げているという世界観のもと、

自身と現実世界の存在の連関をテーマに制作しています。

 

『絵の家』の基本コンセプトや展示テーマは、

狩野の個人的な実感と問題意識と密接に結びついており、

『絵の家』プロジェクトは、個人の作家活動と教育、地域をダイレクトに

結びつける試みが出発点となっています。

 

 

 

 

 

 

「つし2階」

町家特有の天井の低い2階部分。

古くはお手伝いさんの居住や物置として

使用されることが多かったようです。

 

矢崎(4回生)、田浦(3回生)、藤山(3回生)の

3名が展示構成を担当しました。

 

 

 

 

田浦(3回生):

空や町並みの風景を一貫して描き続けています。

「自身が美しいと感じるものを素直に描きたい」という思いで

描かれた風景画は、素直であればあるほど

そもそも美しさとは一体何なのか、

美しいと感じるのは自分自身の中に形成された文化や感情なのか、

それとも本性的に美しい存在があるのか、

といった問いを見る人に生み出してくれます。

 

 

 

 

矢崎(4回生):左

人物の行為や身振りの表現と、絵の具の重色による効果を研究しながら

制作をしています。

友人をモデルとして、食べる、寝るといった人間の根本的な行為から、

演じる、描くといった創造的な行為など描き、その存在感を

膠絵具による重ね塗りによって表現することを試みています。

 

藤山(3回生):右

西洋美術史に興味を持ち、現在フランスに留学中。

神話などの物語と新古典主義的な画面構成の研究を試みた習作を出品。

 

 

 

 

また、留学先のフランスで風景画を制作し送ってくれました。

美術に限らず、日本とヨーロッパの共通点と相違点について、

肌で感じながら描いた作品は、

後の研究や制作に重要な示唆を与えてくれると思います。

 

 

 

 

2回生授業作品:

絵画表現との関わりの観点から、Photoshopを用いた画像加工に

ついての基礎的な知識と技術を学び、現代における絵画表現の

広がりを理解し活用する授業での課題作品です。

 

大学構内の自分にとって大切な場所を「マイ聖地」として写真撮影し、

画像加工した資料をもとにドローイング作品を制作しました。

展示するための額縁は昨年のゼミ生が作ってくれたものを活用。

 

 

 

 

附属幼稚園園児作品《絵の家》

附属幼稚園の園児約60名が制作した7個の家型の作品。

『絵の家』プロジェクトの命名のきっかけにもなっている

象徴的な作品です。

会場ではお絵描きコーナーや関連書籍コーナーなど、

様々なコミュニケーションスペースとして活用しました。

 

 

 

 

 

 

会場では、作品展示に加えて

毎日日替わりでワークショップを開催しました。

 

昨年同様に、会場に立ち寄った方々が、いつでも参加できるよう

開始時間などを設けず開場時間中自由参加型としました。

 

実施したワークショップは以下の通りです。

10月27日(金)

「ペンで植物を描こう」

奈良で見られる植物をペンで描き、植物とペン画の魅力を体験します。

 

10月28日(土)

「Here We Go! 100号!」

100号のキャンバスにいろいろな画材で絵を描きます。

 

10月29日(日)

「こすってぼかして!アニマル」

ぼかしの技法を使って動物をいつもと違うように描いてみましょう。

 

10月30日(月)

「鉛筆で宝石を描く」

キラキラ輝く宝石を鉛筆で描くポイントをレクチャーします。

 

10月31日(火)

「鉛筆で眼を描く」

自分の眼をよく観察して鉛筆で描きます。

 

11月1日(水)

「木炭で描く今井町」

今井町の町並みを原始的な自然素材の木炭で描きます。

 

11月2日(木)

「木炭で描く今井町」

今井町の町並みを原始的な自然素材の木炭で描きます。

 

11月3日(金)

「キミも工場長!ガラクタ工場 in 今井町」

いらないものを素敵に変身させます。

 

11月4日(土)

「鉛筆だけでグレーの塗り絵」

鉛筆の濃淡を生かして鉛筆だけの塗り絵を体験します。

 

11月5日(日)

「重なる色の世界」

様々な素材を使って色の重なりの面白さを体験します。

 

たくさんのご参加ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、今年は会期中イベントとして、

日本学術振興会特別研究員(東京藝術大学)の日高翠さんをお招きし、

特別講演「壁画修復の現場-文化財を守るということ」を

行いました。

 

壁画、保存、修復についての基本的なお話から、

セルビア、コソボ、中国、カンボジア、アフガニスタンの

事例について、

日高さんのご経験と研究に基づいた大変興味深いお話をいただきました。

講演終了後は、ご来場の方々から様々な質問があり、

今井町で世界の文化財保存について学ぶ刺激的な機会となりました。

 

 

 

 

昨年からスタートした『絵の家』プロジェクト。

去年の成果と課題をもとに、また新たな体制と内容で実施することができ、

多くの方々にお越しいただき、無事に終了できました。

 

ご協力いただきました、はならぁとの実行委員会、事務局の皆様、

今井町の皆様本当にありがとうございました。

 

また今回の展示では、

個々のメンバーが自身の意見を積極的に主張し、

自分の作品だけでなく、他のメンバーの作品や会期中の活動も含めて、

よりよいプロジェクトにする方法を考えていました。

とにかく気合いと熱量をがっつり詰め込んだプロジェクトになりました。

 

2年目のプロジェクトを終えて、

あらためて地域アートの現場は、まちづくりやアートの場であるだけでなく、

教育の現場として重要な意味を持つことを実感しました。

 

 

メンバーは今井町の地域性や会場となった景観支援センターの特色と

個々人の作品制作や教育、研究における課題は、一体どのような関わりがあるのか

嫌が応にも考えさせられます。

そこに寄り添うことと敵対することとの間に多様なグラデーションがあり、

それぞれのパースペクティヴの関係性によって

それまで気づかなかった新たなイメージや世界が作り上げられる可能性を実感しました。

 

今回の展示テーマを構築する際に参照したベルクソンが語っているように、

持続することは変わり続けることと同義であり、

今回のプロジェクトを新たな展開へとつなげていきたいです。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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制作&活動近況

 

大学は夏季休業中ですが、ほぼ毎日大学にいます。

現在集中授業担当中ですが、通常勤務時に比べると時間があるので、

ここぞとばかりに制作や今後の活動の準備をしています。

制作や活動の近況をまとめます。

 

 

先日、第13回世界絵画大賞展に応募し、優秀賞をいただきました。↑

 

油彩を中心にフォトコラージュを転写したり、金箔を貼ったり

様々な技法を併用するミクストメディアで制作しました。

 

もともと異質なもの同士を組み合わせる手法で制作しており、

ミクストメディアは部分ごとにモードを切り替えて描くことができるので、

なかなかまとまった制作時間が取れないときでも集中して

取り組めることを再発見できました。

 

賞をいただくととても嬉しいので、

これを励みに制作を続けています。

 

 

 

 

その他の作品でも、これまでの制作の延長線上にありながら

少しずつ工夫して展開しています。

小品でも1点ずつ挑戦していきたいです。

 

 

 

 

現在は、大作制作に向けてphotoshopでエスキース中。

大体の構成を視覚化して、手描きのエスキースを経て本制作に入ります。

 

来年は個展がいくつか決まっており、

そのうちの一つは地元山形での初個展。

あっけらかんとした、どぎつい作品をたくさん持っていきたいです。

 

 

 

 

大学の学生との活動では、

今年も「奈良・町屋の芸術祭はならぁと」に参加が決定しました。

昨年度スタートした奈良教育大学絵画研究室プロジェクト『絵の家』を

さらにアップグレードして実施します。

 

昨年度同様に、学外のアーティストとして妻も参加するほか、

非常勤の先生もお誘いして、グッと濃密になります。

 

学生は夏休み中ですが、それぞれの予定の合間を縫って集まり、

展覧会のプランを練っています。

 

 

 

 

昨年同様、幼稚園児や小学生と一緒に実施するワークショップ作品も展示予定。

 

早速、小学生とのワークショップ「にじむアニマル!」を開催しました。↑

水彩絵の具の「にじみ」を生かして布に様々な動物の絵を描きました。

 

動物を描いた布は、ゼミ生によって大きなクマのぬいぐるみに仕立て上げられる予定。

『絵の家』プロジェクトのミーティングで生まれたアイディアですが、

こういうことは一人で考えていてもなかなか出てくるものじゃないので、

とにかくやってみようと推し進めています。

 

どんなものが出来上がるか本当に楽しみです。

 

 

 

 

そして今年は県外にもワークショップ講師としてご依頼いただき行ってきます。

 

文化庁の「子どもの育成事業(芸術家の派遣)」として鹿児島の高校生と

ワークショップを行います。

鹿児島の人(高校生)、物、風景を組み合わせて異星人を描くという

不思議なワークショップです。↑

 

普段触れ合うことの少ない鹿児島の風土や人と交流できるのが楽しみです。

 

 

この時期しかできないことがたくさんあるし、

制作も活動もこれがやっていて一番楽しいなあ、と思える今日この頃です。

 

 

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個展とこれから

 

4月28日(金)をもちまして

2週間の個展が終了しました。

ご来場いただいた皆様、お気に留めていただいた皆様

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

作品数はそれほど多くありませんでしたが、

次の制作につながる貴重なご意見を

たくさんいただきました。

 

 

 

 

今回の個展での収穫の一つは、

初めて試した銅版画の作品に多くの反応をいただいたことです。

腐食という、自身の手を離れた工程が入ることで、

ペン画などのドローイングとは異なる表情が生まれることを

発見できました。

 

制作にご協力いただいた友人の版画家、制作場所を提供していただいた

兵庫の版画工房アトリエ凹凸さん、

本当にありがとうございました。

http://www.outotsu.com

 

 

 

 

個展では作品のほか、

自作を使ったポストカードやステッカーを

妻が作成してくれました。

一点ものの作品とはまたちがう楽しさを加えてくれました。

 

 

 

 

これまでは個展が終わるとしばらくゆっくりしていたのですが、

今回は次の作品への制作イメージと意欲がどんどん湧き、

エスキースや支持体の準備を進めています。

 

ゴールデンウィークはがっつり引きこもり、

制作に打ち込みたいと思います。

 

 

 

 

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狩野宏明展 (シュル)レアリスム旅行団_

 

本日4月14日(金)より、東京のギャラリー広田美術での個展が

始まりました。

28日(金)までの2週間(日曜休廊)の開催です。

ぜひご高覧ください。

 

 

 

 

写真↑は新作油彩《ゴミの見る夢》。

様々なディテールが描き込んでありますので、

ぜひ会場でお楽しみいただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個展に合わせて、ステッカーやポストカードなどの

グッズ展開もしています。

グッズ製作は妻が全面的に担当してくれました。

僕には無いセンスで楽しい品が並んでいます。

 

ぜひみなさまお誘い合わせの上お越しください。

 

 

狩野宏明展 (シュル)レアリスム旅行団
4月14日(金)〜28日(土)11:00〜19:00(日曜 休廊)
ギャラリー広田美術
東京都中央区銀座7−3−15ぜん屋ビル1階
http://www.hirota-b.co.jp/exhibition/2017/04/post-55.html

 

 

 

 

 

 

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狩野宏明展 (シュル)レアリスム旅行団

 

約1年半ぶりの個展を開催します。

10年来お世話になっているギャラリー広田美術での展示です。

 

2015年に佐藤美術館にて、これまでの作品を一堂に展示させていただき、

今後の活動を考えるための重要な機会となりました。

 

今回の個展は、自身にとって気持ちを新たに次の展開へ向かうための

第一歩となるものと感じています。

 

 

 

 

DMも出来上がり、これから郵送予定です。

 

新作油彩を含む約10点ほどの展示ですが、

新たな制作の出発点として、

自身の現在における実感を伴った作品制作についての

考えを数ヶ月前に文章にしました。

 

思うままに書き連ねていたら8500字ほどになってしまったのですが

以下に全文を掲載します。

お時間がございましたら、お読みいただけると嬉しいです。

 

作品はぜひ会場にてご高覧いただけますと幸いです。

よろしくお願いします。

 

 

【狩野宏明展 (シュル)レアリスム旅行団】

2017年4月14日(金)〜28日(金)

11:00〜19:00(日曜日 休廊)

ギャラリー広田美術

東京都中央区銀座7−3−15 ぜん屋ビル1階

http://www.hirota-b.co.jp/news/2017/03/post-66.html

 

 

 

「狩野宏明展 (シュル)レアリスム旅行団」

                     狩野宏明

 

はじめに 

 

 本展覧会は、私たちが生きている物質的世界としての現実と、絵に

表された世界との関係性を存在論的に捉え直す試みです。

 私は自身の絵画制作において、現実に存在する「モノ」をモチーフ

として、それらの「モノ」を現実の状況や文脈から抽出し、別の「モ

ノ」と組み合わせて、一見すると現実にはありえないような奇妙なヴィ

ジョンとして提示する、という手法を用います。

 このようなヴィジョンを用いて私が提示したい事柄は、「人間にとっ

て現実的ではないとされる夢や空想の世界は、果たして本当に現実では

ないと言うことができるか」ということであり、また「私が一つの身体

を通して知覚している現実は、他者が知覚している現実と同一の世界で

あると言うことが果たしてできるのだろうか」という問題です。

 

 

猫の関節炎といくつもの現実

 

 私の知覚している現実は、唯一の現実ではないのかもしれない、ある

いは現実には起こりえないような夢や空想の世界も、もしかしたらもう

一つの現実と捉えることができるのかもしれない、という存在論的な疑

問。これを実感したのは、私が飼っている猫が関節炎になったことがきっ

かけでした。

 私は現在、12歳になる猫と一緒に生活しています。ある朝、その猫が

前足を引きずって歩くようになりました。これまで大きな病気をしたこ

ともなく元気に生活していた猫であったため、とても心配になりすぐに

動物病院へ連れて行きました。

 診察の結果は、加齢による関節炎。関節にカルシウムの塊ができ、う

まく体重を支えることができず痛みが出るのだろうということでした。

 私も猫も、現実世界に生きる物質的存在であり、時間が経つにつれて

物質としての身体機能が衰えるのは当然のことです。しかし私を少なか

らず驚かせたのは、獣医さんの次のような言葉でした。

 「まあ、おじいちゃんだからしょうがないですね・・・。」

 室内飼いの猫の平均寿命は約16歳であり、12歳の猫は人間で言えば

65歳くらいであるということはよく耳にします。客観的事実として、12

歳の猫が高齢であるということは理解できますが、いざその事実を自身

の飼い猫について指摘された時、にわかには認め難いという感情が湧い

てきました。

 この出来事によって私は、「私と猫は確かに12年という時間を共に生

きてきたが、実は私にとっての12年と、猫にとっての12年という時間は、

全く別のものだったのだ」と実感しました。それと同時に、「私と猫に

とっての12年と、他者(例えば獣医さん)にとっての12年もまた、異な

る時間である」と考えることができます。私と猫の12年間は、異なる12

年間でありながらも密接に関係しており、それゆえ私の猫がすでに「おじ

いちゃん」であるという認識に違和感を覚えます。一方、他者はまた別の

12年間を生きているゆえに、私の猫にとっての12年間について、主観を

極力排除して一般的な猫にとっての時間を客観視することができると考え

られます。

 私にとっての時間、猫にとっての時間、他者にとっての時間、そして私

と猫が共有している時間・・・。これらの時間は確かに全て現実であると

感じることができますが、同じ現実というよりもむしろ、異なる複数の現

実であると捉える必要があるのではないか、と考えるに至りました。

 幸い、治療のおかげで猫は足を引きずることもなくなり、現在も元気に

暮らしています。夜は、私の寝床に入ってきて一緒に寝ることも多いです。

猫は、私が撫でると喉を鳴らし眠りにつきます。私が撫でている猫は確か

に現実世界に存在し、「猫を撫でている私の現実」も確かなものであると

強く実感します。

 しかし、猫にとっての現実はどうでしょうか。猫は私に撫でられており、

「私に撫でられている猫の現実」も確かに存在しているように思います。

しかし私は、猫の現実を想像することはできますが、直接体験することは

できません。「私が猫を撫でる」という直接的な行動が影響を及ぼしうる

世界として、猫の現実をイメージすることが可能なだけです。

 私も猫も、一つの物質的存在として異なる身体と視点を持って現実を生

きています。ここでいう現実とは唯一のものでなく、密接に関わっている

けれども異なる複数の現実です。「私の現実」では、私は人間であり、猫

を慈しんで撫でていますが、「猫の現実」では私の猫こそが世界の主人で

あり、私は単なる暖房器具として存在しているのかもしれません。

 そして私と猫が共有する現実は、「私の現実」と「猫の現実」の総体と

して存在すると考えられるのではないでしょうか。猫の関節炎は、私に複

数の視点と現実の存在を実感する重要なきっかけを与えてくれました。

 

 

ゴミの見る夢

 

 「私の現実」と「猫の現実」が異なる現実であると捉えるということ

は、現実世界に生きる人間を含めた動物だけでなく、草木や水、火や土

などの自然、さらには人間が作り出した人工物も同様に、それぞれの異

なる視点と現実を持つ、と考えることを促します。なぜなら人間は、自

分自身を含め、自らの身体を通して知覚、体験することのできる物質的

世界に生きており、現実に存在する「モノ」であるという点において、

動物も自然も人工物も何ら変わりがないと考えることができるからです。

 例えば、私はゴミという存在に興味があり、自身の絵画にもしばしば

モチーフとして描きます。日常生活の中でふとした瞬間に見かけるゴミや、

本来の機能を失ってしまったように見える人工物を、私はつい写真に撮っ

てしまいます。それは、ゴミという存在が現実の中で占める独特な位置が、

私を惹きつけるからではないかと考えています。

 ゴミは人間にとって、生活の中で発生する不要な物であり、役に立たず、

ない方がよいもの、遠ざけておきたいものとして存在しています。しかし、

それらのゴミと呼ばれるものは、修理されて再利用されたり、リサイクル

によって別なものに生まれ変わったりします。また修理やリサイクルがで

きないゴミについても、例えば廃棄物発電のように、ゴミを燃焼する際の

熱によって電気を作ることで、姿を変えて人間の生活環境に戻ってくるこ

とがあります。さらに、本来の機能を失ってしまったり、時代遅れになっ

たものでも、アンティークとして収集の対象となったり、芸術作品の素材

として用いられることもしばしばあります。「ある人のゴミも他の人には

宝」(注1)と言われるように、ゴミの価値は相対的なものであり、「ゴミ

がゴミでなくなる」(注2)事例は古来、数多く見られます。

 このようなゴミという存在の特質について、文化人類学者の古谷嘉章氏は

「ゴミの物質性」において次のように述べています。

 

 「私たち自身の身体も含め、物質はすべからく生生流転の流れ(flow)

 の中にある。「ゴミ」とは、物質にとって、確定した役目を一時的に離

 れている言わば「待機中」の状態であるが、その状態においてこそ、そ

 の物質の潜在的可能性が極大化しているとも言える」(注3)。

 

 ゴミの時代とすら言える現代において、人間の現実から見たゴミは、解決

すべき重大な問題として存在しています。しかし古谷氏が指摘するように

「私たち自身の身体も含め、物質はすべからく生生流転の流れ(flow)の中

にある」と捉えた時、「私の現実」と「猫の現実」が存在すると考えるのと

同様に、「ゴミにとっての現実」が存在すると想像してみることは可能でしょ

うか。

 ゴミが人間と同様に意志や感情を持つ存在であると考えることは容易では

ありません。しかしゴミも人間と同じ物質的存在として、自身の身体的特性

を活用して現実世界に影響を及ぼすことができる主体的な存在であると捉え

ることは可能であるように思います。

 人間にとって、ゴミを再利用したりリサイクルしたりして現実世界に送り

返す行為は、ゴミの相対的価値を見出し、ゴミ問題を解決する実質的な活動

です。しかしゴミにとっては、本来自身に与えられた身体的機能や素材とし

ての「潜在的可能性」を駆使し、新たに生業を持って生計を立て、労働を行っ

ていると捉えることはできないでしょうか。つまりゴミは、自身の身体を持ち、

ゴミにとっての現実世界を主体的に生き抜いていると考えることはできないで

しょうか。

 また、本来の機能を失ってしまったものや時代遅れになって役に立たなく

なったゴミのようなものが、アンティークとなったり、芸術作品の素材として

用いられるという現象は、ゴミの持つ物質としての機能性や有用性とは異なる

性質の存在を示しているように思います。それはゴミが本来、人間にとっての

現実における、記憶や感情、歴史を保存していたり、あるいは人間の身体その

ものと深い結びつきがあるということと関連していると考えられます。

 例えば現代の廃棄物倉庫は、ブラウン管テレビや大型のパソコンのディスプ

レイ、カメラ、ヴィデオ、スライド映写機など、一昔前のテクノロジーで溢れて

います。これらは、最新機器としての役割を終え、機能的に不要となったもの

たちですが、かつては人間にとって必要であると見なされた情報を記録、保存、

発信していた機器たちです。それらは人間の記憶や感情そして歴史が、その身体

を通り抜けたメディアの残骸と言えます。

 あるいは、もう着られなくなった衣服や、さらには食品を梱包していた容器

ですら、人間の身体や、人間の身体を形作るものの記憶をとどめており、人間

自身の抜け殻として、懐古的な感情やノスタルジックな感覚を生み出す要素を

内包していると言えます。そして、玩具や人形などをなかなか捨てることがで

きない一つの要因は、自身の主観に基づく空想的世界を作り上げるための依代

として、それらのものに人格のようなものすら与えていたからだと考えられま

す。

 現実世界に存在するあらゆる物質は、時間とともに経年変化をし、やがて元々

の機能や姿形を失います。しかしゴミに象徴されるように、それらの物質は、消

滅と忘却の一歩手前で、姿を変えて現実世界に戻ってくる可能性を有しています。

人間にとって、ゴミは本来の機能や有用性を失っている存在ですが、未だ物質と

しての身体を持ち、その内部に人間と共有しうる記憶を有しています。その意味

においてゴミにとっての主体的な現実においては、ゴミは自らの身体と記憶を携

えて、世界を流転し興行を行う旅行団として生きていると想像することができる

のではないでしょうか。

 ゴミが世界を巡る旅行団であり、自らの身体と記憶を活用して主体的に経済

活動を行っていると捉えること。これは人間にとっての現実から見れば、比喩

的な物語であり、夢や空想の世界であると一蹴されるかもしれません。しかし

ゴミの視点に立って考えると、人間が主体である現実こそが、もしかしたら空

想の世界であり、夢の物語であるかもしれないのです。私たち人間が現実と呼

んでいる世界は、ゴミの見る夢と同じであると考えられるのではないでしょう

か。

 

 

物質とイメージ

 

 「人間にとって現実的ではないとされる夢や空想の世界は、果たして本当に

現実ではないと言うことができるか」、また「私が一つの身体を通して知覚し

ている現実は、他者が知覚している現実と同一の世界であると言うことが果た

してできるのだろうか」。冒頭で提起したこれらの疑問について、猫の関節炎

とゴミにとっての現実という2つの例を挙げて述べてきました。

 この2つの例は、私個人の実感から出発した、限定的で些細な事例に過ぎま

せん。しかし、私たちが生きる世界がどのようなものであるかを考えるために

は、その仮説について、理解できることよりもむしろ、いかに実感できるかが

大切であると考えます。なぜなら私は、この世界に1つの身体を持って存在す

る物質的存在であり、世界の存在論的考察は、それが取るに足らない些細な事

柄であるように見えても自身の身体を通して知覚、体験することができる具体

的な経験に基づいて始め、そこから想像可能な世界へと拡張させることが肝要

であると思うからです。

 世界にはいくつもの現実が存在するのではないか、という考え方は、実は絵

画にとってはむしろ自明な事柄であると言えるかもしれません。私たちは絵画

が、ある平面的な広がりを持つ支持体に絵の具などの色と形を持つ物質が付着

したものであることを知っていますが、そこに人や風景が描かれていた場合、

それらを人や風景であると認識することができます。この時私たちは、ある平

面上に配置された線の重なりや色の広がりを、自身の記憶や経験によって補完

し、それらが人や風景に似ていることを認識し、自身が知覚したキャンバスや

絵の具を通して異なるイメージを構築していると言えます。つまり私たちは絵

画を、「キャンバスや絵の具でできた物質」という現実と、「人や風景が描か

れたイメージ」という異なる2つの現実の総体として認識していると考えられ

ます。

 「キャンバスや絵の具でできた物質」としての絵画と、「人や風景が描かれ

たイメージ」としての絵画。人間にとって、この2つのどちらがより現実的か

を決定することは困難です。

 例えば、猫は絵の描かれた紙の上に平気で乗ってきますし、物質としての絵

画は、他の物質と同様にやがては朽ち果てゴミのようなものとなる可能性もあ

ります。

 しかし人間にとって絵に描かれたイメージは、それに注目する度合いや取り

扱い方などの行動の選択を促し、感情が動かされる要因になります。絵画が

「キャンバスや絵の具でできた物質」であることは確かな事実であり、「人や

風景が描かれたイメージ」は「キャンバスや絵の具でできた物質」の存在によっ

て初めて視覚化されるものですが、一旦視覚化されたイメージはそれを支える

物質と同様かそれ以上に、人間にとって絵画を見る際に完全に無視することが

困難なものとして現実に存在していると考えられます。

 

 

 

(シュル)レアリスム旅行団

 

 絵画のイメージの力は、現実の光景を描くだけでなく、宗教や神話の場面や、

現実では起こりえないような夢や空想の世界を多く生み出してきました。私も

自身の絵画制作においては、この絵画のイメージの力を活用して、一見すると

現実にはありえないような奇妙なヴィジョンを描きます。なぜなら、私が自身

の実感から考えるようになった「猫にとっての現実」や「ゴミにとっての現実」

が存在するような複数の現実という世界観は、「人間にとっての現実」から見

れば夢や空想のような世界であり、それを表現するには上記のような方法がふ

さわしいと考えているからです。

 そして夢や空想のようなイメージを描くという点において、私はシュルレア

リスムの系譜に位置付く画家であると考えることができます。その際に確認し

ておきたいことは、シュルレアリスムの芸術家たちが、夢や空想の世界を非現

実的な存在として捉えていたのでは決してないということです。

 シュルレアリスムの理論家で詩人のアンドレ・ブルトンは「シュルレアリス

ム宣言」の中で以下のように述べています。

 

  「私は、夢と現実という、外見はいかにもあいいれない二つの状態が、一種 

  の絶対的現実、いってよければ一種の超現実のなかへと、いつか将来、解消

  されていくことを信じている」(注4)。

 

 アンドレ・ブルトンは、夢が現実とは関係のない世界の状態なのではなく、

夢もまた一種の現実であると捉えており、夢と現実についての二元論的認識が

解消された状態の世界を「超現実」と呼んでいます。またフランスの美術批評

家パトリック・ワルドベルグは著書『シュルレアリスム』において、シュルレ

アリスムの芸術家たちは「想像、夢、無意識や偶然に拠る」(注5)方法を用

いて、「現実の外観を超えた彼方に、より真なる一つの現実、すなわち外的世

界と内面のモデルとの一種の総合を見出そうとする欲求がある」(注6)と述

べています。

 パトリック・ワルドベルグが述べるように、シュルレアリスムの芸術家にとっ

て「より真なる一つの現実」が「外的世界と内面のモデルとの一種の総合」にあ

るとすれば、私が表象したい「より真なる一つの現実」は、「いくつもの異なる

外的世界の一種の総合」と言えます。それは「私にとっての現実」が存在するよ

うに、「猫にとっての現実」や「ゴミにとっての現実」が存在し、それらの総体

として「一つの現実」が作り上げられている、という世界観です。

 言い換えれば、シュルレアリスムの芸術家は、人間の内面的な夢や無意識の世

界に「現実の外観を超えた」現実を見出そうとする志向性が強いのに対し、私は、

現実の世界に夢や空想にも似た世界の存在を見出そうとしている、と言えるのか

もしれません。しかし、この二つの志向性が矛盾するものではないことは、シュ

ルレアリスムの詩人であるポール・エリュアールの以下のような文章に端的に表

れているように思います。

 

 「君が花であり、果実であり、樹木の芯であると考えたまえ。なぜならそれら

 は君の色彩を帯びているから。なぜならそれらは君の存在の必要な徴の一つ

 だから。そう考えるのをやめてしまわないかぎり、すべてがすべてに変質しう

 るということを、君は信じていられるだろう」(注7)。

 

 自身が「花であり、果実であり、樹木の芯である」と考えることは、人間に

とっての現実における制度や文化を、異なる視点から再構築することです。そ

れらは一見奇妙な夢や空想の世界に見えても、現実のもう一つの姿として、人

間にとっての現実における価値観や常識を揺り動かす可能性があります。

 このような世界観から得られるアイディアは、人間にとっての現実に存在す

る私たちに何をもたらすのでしょうか。私はそれを「現実世界に生きる喜び」

である、と仮定したいと考えます。

 人間は一つの身体を持つ限定された物質的存在であることから、自身の身体

が影響を及ぼし行動しうる世界を秩序立てて構築しています。それは人間が安心

して快適に生活するための合理的で機能的な現実世界です。この現実のおかげで、

私たちは社会的生活を営むことができ、他者とのコミュニケーションが成立しま

す。

 しかし、この現実は人間にとっての限定的なシステムであるために、常にある

種の制限と抑制のもとにあり、意識的な緊張をもたらすものでもあります。人間

にとっての現実では、猫はペットであり、ゴミは不要で厄介なものであるという

役回りを演じており、その限定された見方から物質的存在としての「潜在的可能

性」が抑制された「生きづらさ」が生じると考えられます。

 絵画が持つイメージの力は、「猫にとっての現実」や「ゴミにとっての現実」

という可能世界を視覚化します。それらは一見「人間にとっての現実」には役に

立たない夢や空想の世界に見えますが、限定された一つの現実の視点から、私た

ちを飛躍させる装置として機能すると考えられます。そして、そのような絵画を

見た経験から改めて現実世界を眺め、どんな些細な事柄であっても現実の多様性を

実感できた時、自身の現実がそれまでとは異なる別のシステムへとシフトするよう

な喜びが得られるのではないかと期待します。

 以上のような意味において、私は夢や空想のようなイメージを描きますが、あく

までそれらを現実として描きたいと考えています。それは人間にとっての現実の外

観とは異なる、もう一つの現実の外観です。それゆえ、それらのイメージは、人間

にとってはシュルレアリスムですが、猫やゴミの視点に立てばむしろレアリスムで

あると言えます。そこで私は自身の絵画を(シュル)レアリスムと表記してみたい

と思います。そして本展覧会では、現実世界において生々流転するあらゆる物質的

存在を一種の旅行団として捉え、それぞれの視点から見られる現実の様相を(シュ

ル)レアリスムの世界として描くことを試みます。

 「(シュル)レアリスム旅行団」のイメージが、現実の複数性と生きる喜びの実

感を生み出すきっかけになることを願います。

 

 

 

注1 稲葉茂勝『シリーズ「ゴミと人類」過去・現在・未来 屮乾漾廚辰討覆

   だろう?人類とゴミの歴史』株式会社あすなろ書房、2016年、p.14

注2 同上、p.13

注3   古谷嘉章「ゴミと物質性」、『民博通信』139、p.24

注4 アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」、『シュルレアリスム宣言・

        溶ける魚』巖谷國士訳、1992年、p.26

注5 パトリック・ワルドベルグ『シュルレアリスム』巖谷國士訳、1969年、

        p.13

注6 同上、p.15

注7   同上、p.167

 

 

引用文献、参考文献

 

稲葉茂勝『シリーズ「ゴミと人類」過去・現在・未来 屮乾漾廚辰討覆鵑世蹐Α

              人類とゴミの歴史』株式会社あすなろ書房、2016年

古谷嘉章「ゴミと物質性」、『民博通信』139、pp.24-25

アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』巖谷國士訳、岩波書店、

1992年

パトリック・ワルドベルグ『シュルレアリスム』巖谷國士訳、株式会社美術出版社、

1969年

アンリ・ベルクソン『物質と記憶』熊野純彦訳、岩波書店、2015年

アンリ・ベルクソン『精神のエネルギー』宇波彰訳、第三文明社、1992年

エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ『食人の形而上学 ポスト構造主義

的人類学への道』檜垣立哉・山崎吾郎訳、洛北出版、2015年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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凍える天文台

 

勤務先の大学の天文台。

昨年新調されて気にはなっていたのですが、

入る機会がなく過ごしていました。

 

そんな天文台で第一回観望会が開かれるというお知らせをいただき、

夕食前に飛び入りでお邪魔しました。

 

 

 

 

特定の星を追いかけることのできる

スターロックシステム搭載の望遠鏡。

 

天体観測について研究している学生が説明をしてくれながら

望遠鏡を操作し、

シリウスや火星、オリオン大星雲やプレアデス星団(すばる)などを

見せてくれました。

 

星の光は真空状態では直進しますが、地球の大気を通過する際に

屈折し揺らいで見えるのだそうで、

望遠鏡を通して見える星々は、

生き物のようにゆらゆらと優しく光っていました。

 

 

 

 

コンピュータを使って位置を指定すると

望遠鏡が自動的にウィーーンと動きます。

天文台のドームも回転し、切り取る空の部分を変えます。

 

天文台で天体観測なんてロマンチックな研究だなあ、

と思っていましたが、

外と同じ環境にする必要があるそうで、すごく寒かったです。

3月ですらこの寒さなので、1、2月は極寒だそうです。

 

凍えるような寒さで、

学生が一人ひっそりと天文台で観測しているなんて、

いや増してロマンチックだなあ、と思いました。

 

片目で望遠鏡を覗いて、屈折しながら向かってくる光を見ていると、

パースペクティヴについて考えずにはいられません。

星々も、まさか自分たちが遠く離れた地球から見られているとは

思っていないかもしれませんが、

星々へのまなざしは僕たちに送り返されて、

自分たちの行為が広い宇宙の中で

まなざされていることを意識させます。

 

 

 

 

極寒の天文台で震えながら観測を続ける学生がいることに

元気付けられて、

制作を頑張りたいと思います。

 

追い込み時期です。。

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制作近況

 

年が明けたと思ったら、あっという間に2月です。

 

勤務先の大学での本年度の担当授業も全て終了し、

卒業・修了予定の学生は卒論・修論を

最後までじっくり粘って書き上げました。

現在は卒展・修了展に向けての追い込み時期です。

 

何かと慌ただしく日々が流れていきますが、

時間をかき集めて、4月の個展に向けて制作を行っています。

 

写真↑は個展出品予定の油彩(部分)。

 

今回の個展では、

「私たちが生きている物質的世界としての現実と、

絵に表された世界との関係性を

存在論的に捉え直すこと」をテーマに、

「人間にとって現実的でないとされる夢や空想の世界は、

果たして本当に現実でないということができるか?」

あるいは

「私が一つの身体を通して知覚している現実は、

他者が知覚している現実と同一の世界であると

いうことが果たしてできるのだろうか」

という疑問について、

自身の実感をもとに絵画化したいと考えています。

 

 

 

 

自身の問題意識を言語化しながら

個展の準備を進めていますが、

日々のせわしない日常の中では、

とにかく実践してみることが

最も大切ではないかと痛感します。

 

アンリ・ベルクソンが指摘するように、

「出発して歩く」ことを常に考えたいです。

 

そのためのひとつの新たな試みとして

銅版画を試作しています。

大学時代以来、実に10年以上ぶりに

銅版画を制作しています。

 

版画家の友人が制作を行っている

兵庫県西宮市の「版画工房アトリエ凹凸」

にお邪魔して、エッチングを体験させてもらいました。

 

 

 

 

本当に久しぶりの銅版画制作のため、

忘れている工程も多く、一つ一つの作業がとても新鮮です。

 

グランドを取るときのちょっとした工夫や、

インクを拭き取る際の寒冷紗の動かし方など、

普段版画をやっている人にとっては何でもない所作が

培われた技法であり文化であることを強く実感できました。

 

自分自身も普段絵を描く際に何気なく行っている作業や

当たり前のように使っている道具が数多くあります。

しかしそれらの物事も自身の作品を特徴付ける要素であり、

その選択の意味を意識することの重要性を

改めて認識するきっかけとなりました。

 

最近寝る前に読んでいた

アーサー・ケストラーの『機械の中の幽霊』では、

意識とは、

「習慣の形成に応じて減ってくるような

ある活動にともなう属性ともいえる」

と述べられていました。

 

そして

「「機械的」な行動から「心して行う」行動へと移ることが、

意識された決断というものの本質、また主観的な自由意志

体験の本質なのであると思われる」

と語られています。

 

作品を制作したり、発表したりする際の

自身の行動や選択について、

(それらに無頓着であるという振る舞いも含めて)

「心して行う」ことの大切さを、銅版画の体験から学びました。

 

まだ試作段階なので、これを活用して、

手彩色やミクストメディアなど様々な表現を実験したいと思います。

 

 

今回、銅版画の体験をさせていただいた「版画工房アトリエ凹凸」は

40年以上続く工房で、代表の神野立生さんが作り上げた充実した設備と

数千冊の画集や美術書による図書室がある

とても魅力的な工房です。

 

興味のある方は是非ホームページを覗いてみてください。

http://www.outotsu.com

 

 

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2017年1月1日34歳になりました。

 

明けましておめでとうございます。

2017年1月1日。

34歳になりました。

 

年末年始は久しぶりに実家の山形でゆっくりしています。

冬の山形は本当に綺麗。

早起きして父と最上川へ散歩に行きました。

 

実家から10分ほど歩けば、最上川三難所の一つ早房の瀬。

 

 

 

 

 

元日は近所の神社へ初詣。

 

フリードリヒの絵かと思うほど、

別の惑星感がある故郷の風景です。

 

2,3日ゆっくりして奈良に戻ります。

 

今年はまずは4月に東京で個展の予定が入っています。

とにかくイメージ全開で新たな展開を目指します。

 

今年の目標は、「自身が関わることができる物事を楽しくすること」

です。

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

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はならぁと今井町エリア「絵の家」「羊プロジェクト」

 

はならぁと今井町エリア。

10月31日をもって大盛況のうちに閉幕しました。
「絵の家」プロジェクトは約1500名の方々にご来場いただき、

11月1日に無事に撤去作業が終わりました。

大変多くの方々にご支援いただき、最高な10日間となりました。
「絵の家」、「羊プロジェクト」を実現させてくださった皆様、

ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました!

 

盛りだくさんの展示内容、会期中のイベントについて

駆け足でご紹介いたします。

 

 

【展示内容】(作品数100点以上)

 

狩野宏明作品

 

 

 

 

 

 

福崎翼作品、公開制作

 

 

 

 

奈良教育大学絵画研究室ゼミ生共同制作

 

 

奈良教育大学附属幼稚園ワークショップ作品「絵の家」

会期中は様々なコミュニケーションスペースとして

活用させていただきました。

↑はお絵描きコーナー。

子供達が絶えず中でお絵描きしていました。

 

 

関連書籍コーナー。

本プロジェクト実施の際に参照した

書籍、文献、企画者がこれまで影響を受けた本などを

並べました。

 

会期中は、絵画研究室ゼミ生による

クレア・ビショップ「敵対と関係性の美学」読書会なども

自然発生しました。

 

 

附属小学校児童、保護者ワークショップ作品「神秘の日常」

 

 

奈良教育大学美術教育専修・文化遺産教育専修

授業作品「マイ聖地」

 

 

今井町ワークショップ作品「今井町採集」

今井町の町並みを原始的な自然素材である木炭で描きました。

ワークショップタイトルは、今和次郎『民家採集』より引用。

 

 

【日替わりワークショップ】(計10回)

 

.僖好謄襪派舛花(福崎翼担当)

 

 

cube memories(学生担当)

 

 

パステルで描く動物(福崎翼担当)

 

 

け筆で描く眼(福崎翼担当)

 

 

ダ擇螻┐悩0翊を作ろう(学生担当)

 

 

hidden monster 隠れた怪物(狩野宏明担当)

 

 

Э脆襪瞭常(狩野宏明担当)

 

 

┝命燭罰┣茲旅臑離檗璽肇譟璽函奮慇乎甘)

 

 

木炭で描く今井町採集(狩野宏明担当)

 

 

鉛筆で描く宝石(福崎翼担当)

(デジカメで撮影し忘れました。。携帯では記録してあります。)

 

 

【羊プロジェクト】

今井町町並み保存会、JRとの連携プロジェクト。

JR桜井線沿いで草を食べて綺麗にしてくれている羊たちの

羊小屋の屋根に絵を描きました。

電車に乗りながらしか見ることができない不動産絵画です。

 

 

 

野外公開制作

 

 

設置完了

今後はこの作品の存在について、

JR桜井線の車内アナウンスをしていただける予定です。

 

 

野外公開制作のお隣では、羊の毛刈りも実演されました。

 

 

出品作家の福崎翼は会期中毎日、

「絵の家」会場当番の人たちのために

昼食を手作りしてくれて、

今井町のリクリット・ティラヴァーニャと化していました。

 

 

 

 

 

 

まだまだ興奮冷めやらぬ、といった状態なので、

本年度中にゆっくり今回のプロジェクトについて

アーカイヴブックを作成し総括する予定です。
今後の様々な活動につながる貴重なプロジェクトを

実現させていただき、本当にありがとうございました!

【「絵の家」、「羊プロジェクト」を実現させてくださった皆様】
・今井町町並み保存会の皆様
・はならぁと実行委員会の皆様
・今井町整備事務所、今井景観支援センターの皆様
・今井町エリア出品作家の皆様
・ご来場いただいた皆様、

 日替わりワークショップにご参加いただいた皆様
・「絵の家」出品者の皆様
・「羊プロジェクト」今井町町並み保存会、JRの皆様
・今井町の方々

【プロジェクト企画者】
・福崎翼
 10日間皆勤!毎日の昼食準備、公開制作、ワークショップ、

 作品展示、翼がいたからこそ実現したプロジェクトです。

 本当に楽しかったね!ありがとう!
・奈良教育大学絵画研究室ゼミ生
 共同制作、展示用備品製作、キャプション・テキスト作成、

 広報、羊プロジェクト制作、ワークショップ、会場での解説、

 それぞれの仕事を見つけ、自覚的に参加してくれました。

 本当にありがとう!

 たくさんの学びが詰まった10日間になりました。

 その他、事前準備から会期中、撤去作業に至るまで、

 関わってくださった全ての方々に心より感謝申し上げます!

 福崎翼の公開制作作品、

 狩野が今井町を取材し制作した木炭画《今井くん》は、

 今井景観支援センターで保管いただき、

 折々のイベント等でご活用いただけることとなりました。

 

 今回のプロジェクトを今後ゆっくりと振り返り、

 新たな活動へとつなげていきたいと思います。

 

 本当にありがとうございました!

 

 狩野宏明
 

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「絵の家」オープン

 

「奈良・町家の芸術祭はならぁと2016」今井町エリアが

いよいよ開幕しました。

 

狩野と奈良教育大学絵画研究室そして妻の福崎翼が企画した

プロジェクト「絵の家」は今井景観支援センターにて開催されています。

 

大小合わせて100点ほどにものぼる作品を

4日間の作業期間をいただき、何とか展示し終えることができました。

展示空間の熱量をぜひ現場で体感いただきたいです。

 

 

 

 

展示期間中、随時作品をネット上に掲載し、

展示内容に興味を持っていただき、

会場に足を運んでもらいたいと思っています。

 

↑は今井町に取材した狩野の新作《今井くん》。

 

長い歴史の重層として現前する今井の町並みの

要素を組み合わせ、「今井の顔」として

巨大なファサード(建築物の正面)を描きました。

 

木炭で描いた338×182僂梁膾遒任后

 

 

 

 

妻の福崎翼の展示スペースです。

 

私と妻は、奈良市内の古い町家で暮らしており、

妻はその生活空間の中で制作しています。

 

奈良の町家での生活と制作活動が地続きでありながらも、

妻は一貫して、動物への深い愛情の眼差しと

それが具現化したような装飾的表現を融合させた

鉛筆画を制作しています。

 

一面的な地域性に安易に傾倒しない確固とした

個の表現は、「絵の家」の展示空間の複合的性質の中で

より研ぎ澄まされて見えます。

 

 

 

 

奈良教育大学絵画研究室ゼミ生による共同制作

《非機能的体系の家》。

 

「絵の家」のプロジェクトでは、個人と公共の間に広がる

多様な絵画表現と教育の可能性について考察するための

一つの出発点として、「非機能的なモノ(役に立たなくなったもの、

特に美的価値を持ったものとして注目されることが少ないもの」を

テーマとした作品制作を行っています。

 

学生たちは、それぞれが不用になったものや、他の人にとっては

取るに足らないものや感情をもとに作品を制作して持ち寄り、

「非機能的なモノ」が詰め込まれた、非機能的な家を制作しました。

それは人が生活するための家ではなく、

個々の記憶や感情をその中にとどめておき、

他者に眺めてもらうことで、機能性とは異なる価値を問う

象徴的な造形物となっています。

 

 

 

 

展示会場には、奈良教育大学絵画研究室が企画した

ワークショップ参加者の作品も多数展示しています。

 

↑は、幼稚園児とともに行った、

クリアハウスに絵を描くワークショップの作品です。

このクリアハウスは折りたたんで持ち運ぶことができ、

「絵の家」の会場では、関連書籍を配置したり、

お絵描きコーナーを設けるなど、様々な

コミュニケーションスペースとして活用しています。

 

その他、一度には紹介しきれない量の魅力的な作品が

所狭しと展示されています。

 

 

 

また、会期中は会場で、毎日異なるワークショップが開かれ、

どなたでも随時無料で参加いただけます。

 

初日は福崎翼企画の「パステルで花を描く」

ワークショップを行いました。

 

使う色を選び、ポイントを押さえて描画することで、

みなさんカラフルで素敵なデザイン要素を含んだ作品を

生み出しました。

 

初日は本当に大勢の方々にお越しいただき、

貴重な学びが詰まった10日間になる予感が強くありました。

 

 

 

 

 

それからさらに、

会期中は「羊プロジェクト」という別プロジェクトにも

絵画制作担当として参加させていただくことになっています。

 

JR沿線に羊が放牧されており、線路沿いの草を食べて

綺麗にしてくれています。

 

羊小屋を新調するにあたり、屋根の部分に学生とともに

絵を描かせていただくこととなりました。

 

電車の中から絵を鑑賞することができる素敵な企画です。

こちらも制作チームを作り、会期中に公開制作を行う予定です。

公開制作をしていることを

電車の車内放送でアナウンスしていただけるということで

制作チームのテンションも上がっています。

 

とにかく本当に盛りだくさんの10日間です。

全身全霊で取り組むことで、きっと今後につながる気づきが

無数にあると思います。

 

 

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